ケータイ辞書JLogosロゴ 天下原(近代)


兵庫県>加古川市

 明治22年〜現在の大字名。昭和31年からは東神吉町を冠称。はじめ東神吉村,昭和31年からは加古川市の大字。明治24年の戸数54,人口は男134・女119,寺院1。同26年に西神吉村宮前との間に水利をめぐって対立があった。馬頭池の用水は,宮前地内を通って,天下原に流れるのであるが,宮前地内の水閘4か所のうち3か所が破壊されたという(広報かこがわ・加古のながれ16)。金川篤蔵は印南郡会議長に推され,地方自治の発展に尽くし,明治34年に私財で山林・黒岩山を購入,天下原地区の共同使用に供した(記念碑)。大正3年又兵衛新田に至る道を2間幅に改修。昭和48年市立少年自然の家が平荘湖畔に開設された。同53年おおぞら保育園開園。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387456
最終更新日:2009-03-01




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