ケータイ辞書JLogosロゴ 天田村(近世)


兵庫県>中町

 江戸期〜明治22年の村名。播磨国多可郡のうち。もと豊臣氏蔵入地。慶長5年姫路藩領,寛永16年からは幕府領。村高は,「正保郷帳」283石余うち田185石余・畑98石余,「元禄郷帳」(竜野市立図書館蔵)・「天保郷帳」「旧高旧領」いずれも276石余。嘉永5年の宗門改帳(天田区有文書)によれば家数18・人数84,牛8。鎮守は勝手神社。寺院は真言宗高寺山量興寺。往時は多可寺と称し屈指の古刹であったが,その後衰微した。天仁年間葉室顕頼が伽藍を建立して名を量興寺と改めて,その後,天正6年矢田部越中守長久が本堂を再建し,良遍上人を招いて再び開山(中町誌)。明治22年中村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387462
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ