ケータイ辞書JLogosロゴ 天津村(近世)


兵庫県>伊丹市

 江戸期〜明治22年の村名。摂津国川辺郡のうち。近世初期には慶長10年摂津国絵図・正保2年摂津国絵図で「天津ノ内北河原村」,また「摂津高改帳」で「天津北河原村」と見えるが,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」などの郷帳類には当村名が見えず,北河原村のうちに含まれており,江戸前期以降は公的には北河原村の一部であった。しかし,地元では北河原村と区別された独立村として扱われていた。はじめ幕府領,寛永3年武蔵国岩槻藩領,慶安元年収公されて幕府領,翌2年武蔵国岡部藩領,延宝6年からは旗本安部氏知行。文化8年南東の藻川筋に水車が建てられたことから,伊丹内台【いたみうちんだい】の田畑を所有する村々との争いが起きた。「天津の落雁」は「有岡八景」の1つに数えられた。明治15年の戸数15・人口61。同22年伊丹【いたみ】町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387467
最終更新日:2009-03-01




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