ケータイ辞書JLogosロゴ 余部村(近世)


兵庫県>香住町

 江戸期〜明治22年の村名。美含郡のうち。はじめ出石【いずし】藩領,天保7年からは幕府領(久美浜代官所)。村高は,「国高一紙」397石余,「天保郷帳」452石余。なお「天保郷帳」には「古は余部村・鎧村弐ケ村」と注記されており,鎧村が当村のうちに含まれているが,その後は鎧村は当村とは別に独立した村として存続している。鎮守は式内伊伎佐神社・白山神社・八柱神社・八阪神社・平内神社。なお,御崎の断崖上に鎮座する伊楽神社は,大宝年間国郡制度改正の時に国分修験道場として祭祀された旧社であると伝えるが,祭神由緒は詳らかでない(余部更生史)。寺院は曹洞宗永尾山長福寺・真言宗丹生山安養院・曹洞宗雲谷山白仙寺の3寺院がある。明治8年長福寺の一部を仮校舎として余部小学校の授業が始められたが,同15年浜に新校舎が落成した。同22年余部村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387470
最終更新日:2009-03-01




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