ケータイ辞書JLogosロゴ 粟鹿郷(古代)


兵庫県>山東町

 平安期に見える郷名。「和名抄」但馬国朝来郡九郷の1つ。高山寺本は「粟賀」に作る。訓は高山寺本が「阿波賀」,東急本が「安波加」とする。江戸期の「但馬考」は和賀・一品【いつぼう】・早田【わさだ】・柴・粟鹿の5か村を当郷とするが,これは現在の山東町東部に当たる。粟鹿の地名はすでに奈良期の「風土記」神前郡の条に粟鹿川内の地名由来として「彼川自但馬阿相【あさこ】郡粟鹿山流来,故曰粟鹿川内」とある記事に見えているが,この「粟鹿山」は現在の山東町・青垣町の境にある粟鹿山を指すという。「延喜式」神名帳は朝来郡九座のうちとして粟鹿神社を記す。天平9年の但馬国正税帳(正倉院文書/大日古)に「同(朝来)郡粟鹿神戸租代六十六束二把」「朝来郡粟鹿神戸調絁二匹四丈五尺」と見え,古くから神戸を与えられた。同社は,承和12年7月従五位下に叙せられ(続日本後紀),貞観10年12月には正五位下に昇叙(三代実録),同16年3月には正五位上となった(同前)。なお,永万元年6月の神祇官諸社年貢注文(永万文書/平遺3358)によれば「阿波鹿社〈紙二百帖進,正米沙汰〉」とある。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387543
最終更新日:2009-03-01




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