ケータイ辞書JLogosロゴ 安行荘(中世)


兵庫県>篠山市

南北朝期〜戦国期に見える荘園名丹波国多紀郡のうち暦応2年12月17日,祇園社領波々伯部保の直務支配のため,前執行顕詮が下向して仁木頼章とともに高山寺城の宮方を攻め,その実績を背景に同保の横領を企てた安行荘住人又太郎信盛とその支配を争っている(南部晋所蔵文書/大日料6-5)その頃安行荘は波々伯部信盛が押領していたと考えられる(八坂神社記録建武4年10月2日条/続史料大成4)文明9年2月1日の三淵政清判物によれば,前代官若槻弥三郎の不法のため,改易して酒井中務を代官に命じている(久下文書)下って天文2年11月8日の法金剛院領目録にも「安行庄 田二十町」と見える(法金剛院文書/筑前国怡土荘史料)荘域は篠山市新荘・野間に比定される(篠山領地誌)
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387562
最終更新日:2009-03-01




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