ケータイ辞書JLogosロゴ 庵村(近世)


兵庫県>佐用町

 江戸期〜明治22年の村名。播磨国佐用【さよ】郡のうち。もと宇喜多氏領。慶長5年姫路藩領,元和元年平福藩領,寛永8年山崎藩領,同17年旗本松井氏の知行,天保7年幕府領(弘化元年竜野藩預り地),文久3年からは旗本松井氏の知行。村高は,「正保郷帳」206石余うち田139石余・畑67石余。「天保郷帳」「旧高旧領」ともに217石余。氏神の吾勝速日神社横には正蓮庵があり,開基の行基作と伝えられる阿弥陀如来座像が本尊。天正12年美作国宮本村(現兵庫県)で生まれた宮本武蔵は,母の死後継母を慕って平福村を訪れ,叔父の僧道林坊のいる正蓮寺で学び,行者山に登って修練したといわれる。行者山の頂上近くには大きな洞窟があり,和正谷を登るといくつもの小洞窟がある。明治22年平福村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387590
最終更新日:2009-03-01




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