ケータイ辞書JLogosロゴ 的部郷(古代)


兵庫県>香寺町

奈良期〜平安期に見える郷名「和名抄」播磨国神埼郡五郷の1つ高山寺本の訓は「以久波」「風土記」に神前郡六里の1つとして「的部里」が見え,地名は的部などがこの村に住んだからという的部は武内宿禰の子葛城襲津彦の子孫の氏族である的臣の部民である現在の香寺町岩部が遺称地岩部は的部の転訛とみられる岩部の集落は,もとは西方山麓の台地,字雨ケ代【あまがだい】付近にあったと伝承され,のち沖積平野の現在地へ東遷したという的部里には石坐【いわくら】の神山と高野の社がある石坐の神山は,香寺町須加院の山高野の社は香寺町田野の高野神社に比定され,弥高山に擬する「播磨風土記新考」「古典大系」の説は誤り現在のほぼ香寺町の地に比定される
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387653
最終更新日:2009-03-01




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