ケータイ辞書JLogosロゴ 池尻(近代)


兵庫県>加古川市

 明治22年〜現在の大字名。昭和30年からは平荘町を冠称。はじめ平荘村,昭和30年からは加古川市の大字。明治24年の戸数75,人口は男202・女180,寺院1。同40年丸三商店池尻分工場が創業,タオルの製造を開始。益気神社裏の五輪塔は虫送りの神様で,同42年頃まで旧暦土用入りには村人全部が集合し八十の岩橋まで火祭りを行った。大正4年の池尻山の石材生産は,7丁場,従業者20名,延石700間・1万5,000円,割石5万個・2,000円(印南郡誌)。昭和30年代加古川増水時に水没する潜水橋と称する橋が流失した。同38年臨海工業地帯に工業用水を供給するダム平荘湖の建設が始まり,同41年竣工。ダム建設に伴い又兵衛新田地区は湖底に沈み,弁天神社は湖岸に,民家もまとまって池尻内に移転。また,昭和30年に開設された養護老人ホームは,同39年平荘町山角へ移転。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387682
最終更新日:2009-03-01




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