ケータイ辞書JLogosロゴ 射添郷(古代)


兵庫県>村岡町

 奈良期〜平安期に見える郷名。「和名抄」但馬国七美【しつみ】郡四郷の1つ。高山寺本は「射湊」に作る。訓みは高山寺本では「以曽布」,東急本では「伊曽布」。また,平城宮内裏東方の大溝遺構から出土した奈良期の木簡に「但馬国七美郡射添□(郷)」とある(平城宮木簡2)。「延喜式」神名帳七美郡10座に伊曽布神社があるが,これは現在,村岡町味取に鎮座する。近世の「但馬考」では入江・和田・長板・熊波・丸味・川会・高津・長須・味取・原・長瀬・山田・境の13か村を当郷とする。これは現在の村岡町北部一帯に相当する。なお,長寛3年6月日付阿闍梨聖顕寄進状案によれば蓮華王院に寄進・立券された二方郡温泉郷の四至として「東限射添郷境」と記され,当郷が温泉郷(荘)に西接したことが知られよう(高山寺文書/平遺3351)。永万元年11月,当郷住人とおぼしい礒生丹三郎真近なる者が温泉荘の辰巳方牓示を抜き棄てて禁固せられたといい,西荘郷の間に境相論があったとみられる(吉田黙氏所蔵文書/同前3386)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387830
最終更新日:2009-03-01




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