ケータイ辞書JLogosロゴ 一二分荘(中世)


兵庫県>村岡町

 戦国期に見える荘園名。但馬国七美【しつみ】郡のうち。板仕野の竹原山長福寺旧蔵梵鐘の天文19年4月10日付銘文に「奉鋳焉但馬国七味郡一二分庄板仕野村一宮郡主大明神御宝前 願主四ケ村百三十余軒 現世安穏後生善所也」とある(増補七美郡誌稿)。建武年間には用野から市原までを一分庄と称し,谷入りの4か村(相田・神坂・萩山・板仕野)を二分庄と称し,応永年間これを合併して一二分庄と称したという(同前)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387878
最終更新日:2009-03-01




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