ケータイ辞書JLogosロゴ 市野瀬村(近世)


兵庫県>吉川町

 江戸期〜明治22年の村名。播磨国美嚢【みなぎ】郡のうち。市瀬村とも書いた。慶長5年姫路藩領,元和3年明石藩領,延宝7年幕府領,正徳2年からは下野国壬生藩領。村高は,「正保郷帳」では市瀬村471石余うち田423石余・畑48石余,「天保郷帳」「旧高旧領」でもともに471石余。明石藩領期には当村に大庄屋が置かれた。大庄屋山田五兵衛は幕府領期にも当地域を統轄したという。壬生藩領には大庄屋が設けられなかったが,天保年間頃当村の田中新左衛門が筆頭庄屋に任命されることもあった(吉川町誌)。神社は稲荷神社・大歳神社・愛宕神社・天皇神社・鈴宮神社。寺院は曹洞宗大歳山市蔵院。同寺は文安元年の開山といい,明治期になり無住となる(のち永天寺へ合併される)。明治9年の戸数73・人口337。同13年頃の地租改正反別は田55町4反余・畑9反余・宅地3町2反余・山林原野48町2反余(吉川町誌)。同22年奥吉川村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387891
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ