ケータイ辞書JLogosロゴ 稲垣村(中世)


兵庫県>尼崎市

室町期に見える村名摂津国武庫【むこ】郡武庫荘のうち現在の伊丹【いたみ】市野間から尼崎市友行・時友にかけて村域があったと考えられる文明10年6月30日付室町幕府奉行人奉書に「武庫恒松村・稲垣村」とあり,春日社・興福寺の神事法会料所(大乗院寺社雑事記文明11年正月2日条)また,「恒松・稲垣ハ武庫庄之内ノ小名也云々」とあり,当村が室町期以前には「稲垣名」として武庫荘のうちに成立・発展したことが知られる(同前)中世の土豪稲垣氏の本拠地で,応永19年5月17日付足利義持御判寄進状に「摂津国東河原跡・同国瓦林一族跡・稲恒(垣)跡事」と同氏の所領が瓦林氏一族の所領とともに闕所とされているのによれば,同氏は瓦林氏に与力して敗れたものとみられる(等持院常住記録/大日料7-15)当村は戦国期末までに消滅したが,江戸期には稲垣氏の末裔が野間村の村役を勤めた
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7387988
最終更新日:2009-03-01




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