ケータイ辞書JLogosロゴ 伊保(古代)


兵庫県>高砂市

 奈良期に見える地名。播磨国印南【いなみ】郡のうち。「風土記」大国里の条に,伊保山の名の由来として次の話がある。神功皇后が石作連大来【おおく】を伴って,九州で崩じた仲哀天皇の柩の石を求めて讃岐国羽若に立ち寄った。その帰路,大国の里に御廬【みいほ】を定めようとしたところ,大来がこの山を見つけたのでミイホと呼ぶようになったという。同じ大国里の条に「原の南に作石あり,形,屋の如し,長さ二丈,広さ一丈五尺,高さもかくの如し,名号を大石といふ,伝へていへらく,聖徳の王の御世,弓削の大連の造れる石なり」とある生石神社の神体石の宝殿や,天の磐船と呼ばれる家形石棺の蓋石などが伊保山にある。天平19年2月11日の大安寺伽藍縁起并流記資財帳には「印南郡五町 伊保東松原」とあり,大安寺の荘園の1つに数えられたことがわかる(正倉院文書2/大日古)。この荘園が中心になって,のちの伊保荘になったと考えられる。当地に港のあったことは,後鳥羽院の和歌「明がたはしほひも寂しあまのすむいほの湊の秋のよの月」にうかがえる(夫木抄)。「播磨鑑」も「伊保の湊,同浜,泊山 皆伊保の庄也」としている。なお,年月日未詳の唐招提寺符には「播磨国伊保」と見えている(唐招提寺文書/平遺4558)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7388070
最終更新日:2009-03-01




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