ケータイ辞書JLogosロゴ 伊保崎(近代)


兵庫県>高砂市

 明治22年〜現在の大字名。昭和29年からは伊保町を冠称。はじめ伊保村,昭和29年からは高砂市の大字。明治24年の戸数465,人口は男1,009・女988,船71。同25年渚井小学校を伊保尋常小学校と改称。同30年代県道伊保宝殿停車場線,同45年県道高砂飾磨線(現国道250号)が開通し,南北・東西の交通が開けた。また明治25年伊保港埠頭が造成され,同40年防波堤(延長270m)を増築し,大正2年県費支弁港湾に編入された(増訂印南郡誌)。明治34年の戸数360・人口2,097(印南郡誌)。昭和22年伊保小学校に伊保中学校併設。世帯数・人口は,同34年972・4,474,同47年2,607・8,704。昭和37年頃から北部の竜山山麓と南西部に宅地化が進み,同46年には県営住宅が建設された。一部が,昭和45年荒井町新浜1〜2丁目,同49年伊保1〜3丁目・伊保東1丁目・伊保港町1丁目,同50年伊保1〜4丁目・松陽1〜4丁目・中筋1〜5丁目,同53年伊保東1〜2丁目・竜山1〜2丁目,同58年伊保崎1〜6丁目となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7388081
最終更新日:2009-03-01




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