ケータイ辞書JLogosロゴ 植木谷村(近世)


兵庫県>佐用町

江戸期〜明治8年の村名播磨国佐用【さよ】郡のうち江川川支流西河内【にしがいち】川流域地名は,「植」は「上」で高所を示し,山の中腹に位置することの意による(佐用町史)もと宇喜多氏領慶長5年姫路藩領,元和元年平福藩領,寛永8年山崎藩領,同17年旗本松井氏の知行,天保7年からは幕府領(弘化元年竜野藩預り地)「どうまんさん」と呼ばれる宝篋印塔があり,寛政9年再建のもので,平安期の陰陽博士芦屋道満の塚(道満塚)といわれ,600m隔てた大猪伏村の清明塚と向き合っている村高は,「正保郷帳」246石余うち田172石余・畑73石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに254石余氏神は八幡神社明治8年大木谷村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7388240
最終更新日:2009-03-01




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