ケータイ辞書JLogosロゴ 馬廻村(近世)


兵庫県>三原町

 江戸期〜明治10年の村名。淡路国三原郡のうち。慶長15年池田忠雄領,元和元年からは阿波国徳島藩領。八木組に属す。村高は,「郷帳下書」では馬辺村(辺は廻の誤りか)80石余,「天保郷帳」120石余,「旧高旧領」213石余。「味地草」では高211石余うち給人の知行地136石余,家数31。成相寺は寺伝によれば,仁治4年淡路に流された高僧実弘上人が高野山を模して堂宇を建立したと伝えるが,創建はさらに古く,貞応2年の淡路国大田文にその名が見える。本尊薬師如来は弘仁・貞観期の作風をよく伝える淡路では最も古い仏像。また同寺は伽藍絵図や鎌倉中期以前の作と考えられる阿字石を伝える。応永23年銘の石盤も村内にある。鎮守は同寺隣地に鎮座する天野神社で高野山の守護神天野神社を分祀したもの。水利は川掛りと北谷池掛り。成相寺大門の所にある大門池は大久保村の田畝を潤した(淡路草)。幕末に起こった「ええじゃないか」は淡路でも慶応3年に各地で起こり,その詳細な記録が当村の庄屋水田家に伝えられた。明治10年天野村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7388431
最終更新日:2009-03-01




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