ケータイ辞書JLogosロゴ 浦村(近世)


兵庫県>東浦町

 江戸期〜明治22年の村名。津名郡のうち。天正14年の淡路国脇坂中務知行目録(脇坂文書)に見える「浦庄」は当地域のことか。慶長15年池田忠雄領,元和元年からは阿波国徳島藩領。村高は,「郷帳下書」679石余,「天保郷帳」992石余,「旧高旧領」1,128石余。「味地草」では,高1,124石余うち八幡社領1石余で,ほかに来馬村に同社領1石余,家数229。同書によると,水源には,仁井・小田・河内村の山中の浦川の水を川上で堰き止めたものを,当村の農士2人に農民が従って行き,切り落として利用する。これは古城主の時からの遺風という。なお,同書の白山村の条によると同村は寛永年間当村のうちで,のち分村したという。仮屋浦との境にある松帆神社は,社伝に楠木正成の守護神八幡大神という。文政年間路谷池が築かれ,その記念碑が観音堂境内にある。古く浦寺と称した妙観寺は当村の祈祷所で,一説に桓武天皇の弟早良親王の菩提を弔うために建立したといわれる。ほか寺院は真言宗法導寺・福竜寺・本願寺,浄土真宗万行寺。明治22年浦村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7388449
最終更新日:2009-03-01




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