ケータイ辞書JLogosロゴ 大内村(近世)


兵庫県>山東町

 江戸期〜明治22年の村名。但馬国朝来郡のうち。元和元年頃からは幕府領。村高は,「但馬国知高帳」346石余,「国高一紙」「天保郷帳」ともに350石余。八幡神社は応永6年の創建といわれ,寛正4年と元文元年の奉納銘のある神鏡が奉祭されている。境内社として荒神社・愛宕社・月読社・厄神社があり,八幡神社の礒部郷郷社説もある。寺院は寛永元年開基という臨済宗真性庵があったが,現在は廃庵。同庵の裏山庵屋敷の一角に,元亀〜寛永年間当地方の一豪族であった野間館主磯部豊次夫妻の墓がある。また,元亀2年山垣城合戦に鉄砲をもって武功をたて,山名祐豊から感状を受領した波多野軍曹秀光の墓碑もある。明治6年大内小学校開校。同22年梁瀬村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7388768
最終更新日:2009-03-01




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