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- 大塚町(近世)とは
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大塚町(近世) 江戸期~明治22年の町名出雲国能義【のぎ】郡のうち江戸期ははじめ松江藩領,貞享元年以降は松江藩支藩里【もり】藩領大塚町は,本藩である松江藩との境界に位置し,支藩母里藩の入口に当たるため,大塚村の一部が町場となり,商業地化した寛政年間,江戸相撲で大関をつとめた釈迦ケ岳雲右衛門,実弟の小結の稲妻咲右衛門の出身地で,地区内に安政4年建立の兄弟の碑がある文化5年,巡業中の阿波の人形芝居福井座の道具を買い受け,大塚の人形芝居恵比須座が誕生母里藩医大森三益は医学塾,奇正軒を大塚町の自宅に開設,嘉永6年~明治31年までの塾生は45人明治4年島根県に所属同5年大塚特定郵便局開局同6年,大塚小学校開校,その後同42年吉田小学校と統合して,宇賀荘【うがしよう】村大字清瀬に移転同22年能義郡大塚村の大字となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
大塚町(近世) 江戸期~明治22年の町名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
大塚町(近世) 明治22年~昭和29年の大塚村の大字名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」