ケータイ辞書JLogosロゴ 大月村(近世)


兵庫県>山東町

 江戸期〜明治22年の村名。但馬国朝来郡のうち。慶長9年頃出石【いずし】藩領,寛文8年からは幕府領。村高は,「但馬国知高帳」770石余,「国高一紙」「天保郷帳」ともに785石余。天保8年の村明細帳によれば,家数153・人数650。古来当地一帯は大月田圃と称された地域であるが,水利に乏しく旱魃に苦しんだ。用水確保のため,古城跡と伝承される諏訪城の堀と思われる池を改造した溜池城越池が現在でも使用されている。享保10年の百姓一揆は,出石藩領時期と幕府領時期との領民支配の差異がその発生原因の1つであった。神社は,八幡神社・七社神社・松尾稲荷神社・諏訪神社。諏訪神社は神域も広く,創建は永禄・天文年間ともいわれ,天正19年竹田城主赤松氏社殿改造説もある。また,往時は雨乞祭りの一種である「ざんざか踊り」が奉納されていた。臨済宗慈照寺は寛正3年古岩陳和尚開山と記録に見える古刹。明治22年梁瀬村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7388785
最終更新日:2009-03-01




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