ケータイ辞書JLogosロゴ 大庭村(近代)


兵庫県>浜坂町

 明治22年〜昭和29年の自治体名。はじめ二方郡,明治29年からは美方郡に所属。用土・古市・新市・七釜・栃谷・三谷・戸田・二日市・福富・対田・久谷・高末・正法庵・辺地【へつち】・藤尾・境の16か村が合併して成立。旧村名を継承した16大字を編成。役場を二日市に設置。戸数・人口は,明治24年789,男2,024・女2,028,同42年738・4,141。大正元年長井村久斗山を編入し,17大字となる。世帯数・人口は,同9年853・4,261,昭和10年777・3,893,同25年823・4,654。純農村地帯で,米・麦・梨の生産や養鶏・養蚕・牛飼育・製炭が行われた。特に養蚕は明治末期から第2次大戦後まで盛んで,高末では,明治末期から大正期にかけ高橋製糸場が繁栄した。明治26年・大正7年・昭和9年の暴風雨では多くの死者・負傷者を出し,田畑の損失も大きかった。同13年岸田川,同21年久斗川の大改修が行われた。同29年浜坂町の一部となり,17大字は同町の大字に継承。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7388848
最終更新日:2009-03-01




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