ケータイ辞書JLogosロゴ 大伏村(近世)


兵庫県>黒田庄町

 江戸期〜明治22年の村名。播磨国多可郡のうち。はじめ姫路藩領,寛永16年幕府領,享保6年幕府領姫路藩預り地,寛保2年からは幕府領。村高は,「正保郷帳」154石余うち田130石余・畑23石余,「元禄郷帳」でも154石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに186石余。元禄16年の諸役に川役・山年貢・藪役,享保10年の諸役に御伝馬宿入用米・六尺給米・小物成など。水利は加古川の井堰用水を利用した。至便ではあるが水害が多かった。のち明治24年の従前に提出された川普請書上帳によれば,寛保年間〜幕末期に囲堤御普請が3回,川除御普請が12回,用水井堰土俵堰及用水井路堀割が11回記録されている(大伏区有文書)。神社は,氏神大歳大明神。明治12年の戸数61・人口262,田24町余・畑3町余・宅地2町余・山林60町余・ほか35町余(黒田庄町史)。同22年黒田庄村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7388876
最終更新日:2009-03-01




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