ケータイ辞書JLogosロゴ 奥須井村(近世)


兵庫県>竹野町

 江戸期〜明治22年の村名。但馬国美含郡のうち。当村から浜須井村が分村したと思われるが,不詳。なお郷帳類では須井村一村として扱われている。「但馬考」では奥須井・浜須井と書き分けている。出石【いずし】藩領。村高は,寛永元年の御領分中高附之覚(安谷家文書)69石余,「天保郷帳」は須井村一村として194石余。元文4年の家数人数其外書上帳(細田家文書)によれば家数29・人数137,寺2・社5,牛5。鎮守は,八坂神社。神社はほかに春日大明神・八幡宮・三宝荒神・稲荷神社・愛宕神社。寺院は,臨済宗南禅寺派長養寺・同寺塔頭寺常勝軒。両寺は明治3年合併して峰雲山長養寺となる。ほかに但馬六十六地蔵11番札所がある。明治22年竹野村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7389026
最終更新日:2009-03-01




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