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- 貝原村(近世)とは
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貝原村(近世) 江戸期~明治8年の村名会津地方南部,湯の岐川西岸に位置する会津郡のうち古くは立岩郷に属したはじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領熨斗戸組に属す村高は,元禄7年の会津郡村差出では67石余,「会津鑑」では47石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに73石余端村に岩間戸がある寛延年間と推定される万覚帳によれば,畑のみで,11町1反余,免2.5家数は,元禄7年10軒(村差出),化政期本村14軒・端村岩間戸6軒,その西に2軒,計22軒(新編会津)寛延年間と推定される万覚帳によれば人数38神社は富士神社当村では春2月朔日をツボ朔日と称し,この朝に蔵の中の落ちこぼれを拾い集めてひいた粉でツボ団子をつくり,神仏に供え,家族で食したというまた2月15日のお釈迦様の日には鼻団子を供えたお釈迦様はこの団子を鼻孔に詰めて4月8日まで眠られるという(会津舘岩村民俗誌)明治8年の戸数20・人口77(若松県地誌資料)同年戸中村ほか6か村と合併して湯ノ花村となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
貝原村(近世) 江戸期~明治22年の村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」