ケータイ辞書JLogosロゴ 加古新村(近世)


兵庫県>稲美町

 江戸期〜明治22年の村名。播磨国加古郡のうち。姫路藩領。西条組に属す。万治4年大池を築き水利に従って上新田・中新田・北新田と地割を行い,三軒屋から八軒屋と大沢・千和池・見谷【けんだに】などと入植開拓した。これらがのちに集落名となった。村高は,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,565石余。寛文9年の家数163・人数600(稲美町史)。作付けは雑穀が全耕地の80%以上を占める。氏宮加古八幡神社を延宝8年現在地に祀る。祭典儀式にある御面掛や花の頭などが珍しい。その他各集落に小社祠がある。寺院は地内になく,寛文3年全村149軒の申し合わせにより,隣村の禅宗3か寺に等分して入檀。仏堂や野仏が村内に30数基あるが大半が地蔵である。行者堂7宇もある。稲荷社のある鳴岡【なるがおか】について,「播磨鑑」は同地を足で踏むと鼓のように鳴ると述べ,地下に空洞があると考えられている。溜池が多いことは全国有数で,文政10年調査で18か所(現在25)である(稲美町史)。明治14年の戸数445・人口2,148(同前)。同22年市制町村制施行により単独で自治体を形成。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7389344
最終更新日:2009-03-01




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