ケータイ辞書JLogosロゴ 葛畑村(近世)


兵庫県>関宮町

 江戸期〜明治22年の村名。但馬国七美【しつみ】郡のうち。もと八木氏領,のち宮部継潤・羽柴秀長領。文禄4年出石【いずし】藩領,慶長9年からは旗本山名氏知行(明治元年村岡藩領)。村高は,慶長6年の御知行目録・「国高一紙」ともに106石余,「天保郷帳」142石余。神社は,荒御霊神社。当村民は隣村別宮村八幡宮の氏子であったが,参詣不便なため天文13年同社を当村に勧請したという。同社の境内には歌舞伎舞台があり,明治初期に藤田甚左衛門が葛畑座を結成し,但馬・鳥取・丹波・丹後・播磨などへ巡回興行した。地内神場に観音堂があり役行者の作といわれる聖観音を祀る。寺院は,真言宗南向山般若院福正寺。同寺は修験道の寺であったという。のち明治中期頃廃寺となり,跡地に庚申堂が建てられ庚申待ちの行事などが村民によって続けられている。当村には土雛の窯元前田家があり,郷土色豊かな土人形を製作している。明治13年葛畑小学校開校。同22年熊次村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7389458
最終更新日:2009-03-01




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