ケータイ辞書JLogosロゴ 上村(近世)


兵庫県>五色町

 江戸期〜明治10年の村名。淡路国津名郡のうち。江戸期は鮎原上村といった。天正13年脇坂安治領,慶長14年藤堂高虎領,同15年池田忠雄領,元和元年からは阿波国徳島藩領。村高は,「郷帳下書」373石余,「天保郷帳」440石余,「旧高旧領」495石余。文化7年の棟附帳によると,家数64,うち鍛冶1・神官1・農家62,人数322,うち奉公人7・走人16,牛56,馬24,大地主の仁三郎は44石余を有する。津名郡戸数反別取調帳によれば,反別34町余,高495石余,家数69・人数344(五色町史)。文化5年の田畑持高改帳では質流田が多く土地移動は7町弱,75筆の田畑数で,約4分の1が質流田となっている。20年間の労働を代米1石にて売った例も散見する。当村の檀那寺は鮎原下村の西泉寺。地内の淡路四十九薬師32番霊場薬師堂は数珠くり堂と呼ばれ,毎年8月15日大きな数珠をくり,真言を唱え,江戸期は蓬莱山念珠寺と称した。同寺の本尊は薬師如来で,ほかに弁天像も安置。当村には菩提寺跡,大歳社,弁天祠などもある。庄屋は,延宝年間から宝永3年まで弥五兵衛一族,享保〜寛政年間江平家,寛政8年〜幕末まで田所村庄屋佃家の兼帯(佃家庄屋文書)。当村の百姓甚作は藩主から阿淡孝子の一人として表彰されている。明治10年相原村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7389609
最終更新日:2009-03-01




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