ケータイ辞書JLogosロゴ 上二階町(近世)


兵庫県>篠山市

江戸期〜明治5年の町名篠山【ささやま】城下11か町の1つ城下町中央部の町並みで,東は呉服町,西は下二階町,南と北は武家屋敷に接する町名は八上城下より移す町並みは東西に細長く,南側126間余,北側145間余,中ほど北側に春日神社への参道は幅5間余,東方南側呉服町との間に広小路幅8間余,西方に追手口幅4間があり,付近に小池・高札場・番所があった(寛延3年改・文化6年改・安政5年改の上二階町分間数)天明8年には五人組が8組で,家数58,そのうち本家50・借家6・明家2,商売別家数は下作農家14・農家5・小間物屋5・医師2・伽羅油商2・菓子屋3・煎餅屋2・庄屋宿3・米小売商2・仕立物屋2・豆腐屋3・屋根師2・大工4,その他である(家別商売御改帳)氏神春日神社に対しては,延宝2年小船山を寄進し,貞享4年社殿再建の時銀550匁を寄進し,猩々山を奉納祭りの経費は,元禄6年本家27戸が1匁5分,貸家31戸が28文,同11年には本家23戸・中家10戸・貸家16戸から拠出したそののちも費用捻出のため明和9年・安永7年・安政6年に町中定書をつくった宝暦6年追手御制札場の内にあった戎社を春日神社境内に移建明治5年二階町の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7389784
最終更新日:2009-03-01




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