ケータイ辞書JLogosロゴ 川原場村(近世)


兵庫県>関宮町

 江戸期〜明治22年の村名。但馬国七美【しつみ】郡のうち。江戸期は河原場村とも書いた。もと八木氏領,のち宮部継潤・羽柴秀長領。文禄4年出石【いずし】藩領,慶長9年からは旗本山名氏知行(明治元年村岡藩領)。村高は,慶長6年の御知行目録・「国高一紙」ともに29石余,「天保郷帳」28石余。神社は,荒御霊社(荒霊社)・愛宕社。当村民は近郷別宮村八幡宮へ参詣していたが,雪の中の参拝など不便なため,天文13年荒霊社を当村に勧請したという。また,愛宕社は,天正年間隣村外野村の西加賀守が小代村(現美方町)の田淵庄五郎に攻められたが防ぎきれずに遂に討たれ,首を当村に埋めたところ祟りがあったため当村の八木利左衛門が愛宕神を勧請したことに始まるという(熊次村誌)。明治22年熊次村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7390040
最終更新日:2009-03-01




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