ケータイ辞書JLogosロゴ 北村(近世)


兵庫県>五色町

 江戸期〜明治10年の村名。淡路国津名郡のうち。江戸期は広石(枚石)北村と称した。天正13年脇坂安治領,慶長14年藤堂高虎領,同15年池田忠雄領,元和元年からは阿波国徳島藩領。当村全体が藩の直轄領。村高は「郷帳下書」247石余,「天保郷帳」379石余,「旧高旧領」737石余。「味地草」では高593石余,家数51。津名郡戸数反別取調帳によれば,反別34町余,高737石余,家数57,人数256うち山伏2人,社人11人(五色町史)。氏神は中村の八幡神社。檀那寺は同村持明寺。小山田村境に観音堂がある。禰宜田の頂上には中世に移住した大泉氏が宝永年間行者堂を建立,太郎左衛門大泉持明院と称し,仏道の修行者の集まる道場であった。また,庄屋佐野市郎左衛門と雄作父子は先山奥地から流れてくる栢野川の水をトンネルで谷の奥に流し,貯水池前田池を造り,5町の水田を水飢饉から救った。その記念碑が建立されている。明治10年広石村の一部となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7390134
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ