ケータイ辞書JLogosロゴ 草谷村(近世)


兵庫県>稲美町

 江戸期〜明治22年の村名。播磨国加古郡のうち。姫路藩領。西条組に属す。村高は,「正保郷帳」399石余うち田310石余・畑89石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに582石余。元禄15年頃下草谷村を分村。宝暦5年に人家53軒があった。寛保元年の村明細帳では,惣高521石,耕地反別67町うち39%が綿作であり,江戸末期藩の奨励もあって藍の栽培をし,耕作反別は1戸平均1町3反,鎮守は草谷天満神社,寛正3年の建立で,鐘楼が残る。明治初年神仏分離で売却された鐘が,日中戦争の際中国杭州で発見された。銘に「賀古郡望理郷草谷天神社」とあり,鋳物師の名も刻まれる(稲美町史)。地内に神社が多く,大歳社2・愛宕社2・権現社1がある。唯一の仏堂本田の観音堂には中世の石造遺物が2基ある。古地名に堂加知・堂坂・坊ノ前など野寺山高薗寺にかかわるものや豊臣秀吉の別所攻めにちなむ落城坂・青ノ鼻・的場・下馬などが残る。明治22年母里【もり】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7390427
最終更新日:2009-03-01




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