ケータイ辞書JLogosロゴ 黒田村(近世)


兵庫県>村岡町

 江戸期〜明治22年の村名。但馬国七美【しつみ】郡のうち。慶長6年からは旗本山名氏の知行(明治元年村岡藩領)。村高は,「国高一紙」272石余,「天保郷帳」288石余。山名氏の領有地に慶長11年1里ごとに土を盛って3〜5本の松を植えた一里塚が築かれ,旅人の休息所として辻堂を建設し,当村にも設置された(増補七美郡誌稿)。皇太神社は旧称尾上大明神で,和銅年間奈佐政高が射殺した大蛇の尾を祀ると伝える(同前)。神亀5年行基によって神亀寺が創建され,保安3年火災により伽藍焼失,天治2年地内清水ケ森へ移り神照寺と改称,その後もたびたび火災があり,のち慶長年間黒田如水(孝高)により再建され,元和4年臨済宗から曹洞宗に改宗したという(同前)。黒田如水は晩年没するまで当村に居住し,その石碑は森脇村の山林の中にある(同前)。明治22年兎塚村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7390720
最終更新日:2009-03-01




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