ケータイ辞書JLogosロゴ 高男寺村(近世)


兵庫県>三木市

 江戸期〜明治9年の村名。播磨国美嚢【みなぎ】郡のうち。もと豊臣氏蔵入地。慶長5年姫路藩領,元和3年明石藩領,延享3年上野国館林藩(天保7年から石見国浜田藩)領,天保13年からは再び明石藩領。村高は,「正保郷帳」186石余うち田151石余・畑35石余,「元禄郷帳」(竜野市立図書館蔵)も186石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに188石余。嘉永5年の「播磨国三木郡志」によれば,田の反別16町9反余,山年貢銀10匁,家数30・人数142,牛18,寺院は天台宗高男寺。高男寺は高男行者の開基といい,天正年間の兵火で焼失,今は庵があるだけである。明治9年窟屋村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7390894
最終更新日:2009-03-01




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