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兵庫県>香寺町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ香呂村,昭和29年からは香寺町の大字。明治24年の戸数95,人口は男228・女214。同25年香呂尋常小学校建設に伴い一原神社を現在地へ移転。翌26年同校が開校。同27年播但鉄道開通,香呂駅が設置されて商店・銀行・郵便局・医院などが立ち並び,急発展。また第2次大戦後宅地化が進み,昭和37年丸福団地が,同49年西野台団地が造成されたほか,昭和31年香呂幼稚園,同46年に香呂保育所も開設された。同49年日ノ本学園短期大学が開学。同53年には姫路市から同高校・同中学校が移転し,香呂駅が播但線で乗降客数最高となる。同年矢田部川の流路改修が行われたが,恒屋川を岩部で市川に合流させる要望も強い。羽生山の粘土を原料に瓦や煉瓦が作られ,蝋石を原料にした耐火煉瓦工場もあったが,現在は取り壊されて広大な敷地のみが残る。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7390944
最終更新日:2009-03-01




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