ケータイ辞書JLogosロゴ 材木町(近世)


兵庫県>高砂市

 江戸期〜明治22年の町名。江戸期は高砂町方28町の1つ。明治初年からは高砂を冠称。元禄年間の高砂町図によると,南堀川北岸沿いに東浜町から北本町へ東西に連なる問屋街。安永2年の棟数13,竈数10,店借1,人数46,田地持7人(町方明細帳写)。天保12年は家数14・人数52,御用達大年寄格松浦長兵衛,町年寄炭屋六右衛門,組頭2名(宗門人別帳)。嘉永5年には大蔵元19株のうち5株の蔵元がいて,幕府領・諸藩領の年貢米を取り扱った(蔵元連判帳/近世の高砂)。儒学者三浦松石・俳人田中布舟はこれら特権商人の出身。明治4年の家数37・人数145(宗門人別帳)。同16年高砂小学校新築,東宮町から移転(高砂小学校八十周年記念誌)。同22年高砂町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7391264
最終更新日:2009-03-01




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