ケータイ辞書JLogosロゴ 塩野(中世)


兵庫県>安富町

 室町期に見える地名。播磨国宍粟【しさわ】郡のうち。室町期成立の「峰相記」に文永の頃「当国富貴ノ輩」による「五ケ所ノ奇麗ノ念仏堂」建立の記事の最初に「安志田所兼信塩野ト云所ニ造立ス」と見える(続群28上)。塩野寺跡は明らかではないが,昭和52年至大通宝(1310年初発)を下限とする53種類にのぼる大量の中国古銭を出土した字フジ谷(通称寺屋敷)に比定される。塩野の念仏堂を建立した兼信は安志荘の田所であるとともに,地の利を利用して商業活動を行った土豪武士で,蓄積した財力によって華麗な念仏堂の造立主となった。5か所の念仏堂には法然の高弟信寂の唱導した播磨義の学生が集まって談義を行い盛況を呈したが,中心となった「朝日山顕実上人他界ノ後,此仏事スタレ畢」り,多くが禅宗に転宗していった。これは,鎌倉後期に東福寺系臨済禅の地方進出によって,念仏堂の造立主の子や孫たちが禅宗に転宗したことによるもので,塩野寺も禅院になったと記されている。同寺は,羽柴秀吉の長水城攻略の時焼かれたと伝える。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7391599
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ