ケータイ辞書JLogosロゴ 新町(近世)


兵庫県>滝野町

 江戸期〜明治22年の町名。播磨国加東郡のうち。新町村とも称する。姫路藩主池田氏は加古川舟運に着目し,滝野船座を改組して運上銀を課し,同川右岸の滝野村だけでは狭すぎるため,左岸の多井田村・北野村の一部を割いて船着場が造成されて慶長10年当町が成立(伝承の高瀬舟)。はじめ滝野新町と称した。はじめ姫路藩領,元和3年幕府領,のち宝暦12年からは下総国古河藩領。村高は,「正保郷帳」10石ですべて畑方,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに107石余。なお「天保郷帳」には当町を含む牧野村など12か村の立会新田97石余(のちの蜷子野【になごの】新田)が見える。文政8年の田畑屋敷反別并船株名寄帳によれば,反別12町2反余うち田9反余・畑9町8反余,屋敷1町4反余,村高102石余,高瀬舟12,船問屋6軒。延宝5年の荷分出入文書には20人の舟運関係業者が連名している。当地は,加古川左岸の村々の物資を扱うだけでなく,田高川(滝野以北の加古川)の高瀬舟の諸荷物を滝野川(滝野以南の加古川)の舟に積みかえる河岸でもあった。神社は愛宕神社。明治15年の戸数112・人口433。同22年加茂村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7392400
最終更新日:2009-03-01




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