ケータイ辞書JLogosロゴ 為信村(近世)


兵庫県>大河内町

江戸期〜明治11年の村名播磨国神西郡のうち市川上流域の山間に位置する両岸に迫る峻嶮な山の斜面にわずかな棚田がある地名の由来は,往昔小松為信重行という人が当地を開き,その人名に起因すると伝承されるはじめ姫路藩領,寛永17年因幡国鳥取藩領,寛文3年福本藩領,同6年からは旗本(福本)池田氏知行(慶応4年から再び福本藩領)村高は,「正保郷帳」34石余うち田20石余・畑14石余,「天保郷帳」48石余,「旧高旧領」49石余神社は為信・若宮・鳴止神社の3社(のち2社は明治42年為信神社に合祀)地内重行に重行五輪塔が祀られている成トから小田原村に通ずる峠道途中に「左小田原村」の道標があり,江戸期の頻繁な往来を示すなお小田原村とは血縁関係も多い明治11年長谷村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7393149
最終更新日:2009-03-01




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