ケータイ辞書JLogosロゴ 都志浦(近世)


兵庫県>五色町

 江戸期〜明治12年の浦名。津名郡のうち。都志本浦とも称する。元和元年からは阿波国徳島藩領。郷帳類などでは都志本村に含まれる。都志川河口部のうち,河口南は万歳村に属して新在家と通称し,北西の海浜の通称大浜を都志浦と呼ぶ。深草村海浜に対し,当浦を前浜という。「味地草」では家数191。津名郡戸数反別取調帳によれば,家数197・人数965,加子役は延宝年間53人,船37艘(五色町史)。社寺は住吉神社や菅原道真ゆかりの浄土寺。同寺境内に延文5年の宝篋印塔があり,また,弥勒堂に蛭子祠が祀られる。地内には道真ゆかりの伝承地が多い。明治12年都志村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7393328
最終更新日:2009-03-01




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