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- 鳥井村(近世)とは
「鳥井村(近世)」の関連ワード⇒ 赤田組(近世) 飯詰組(近世) 石浜村(近世)
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![]() | 鳥井村(近世) 江戸期~明治8年の村名石見国鹿足【かのあし】郡のうち江戸期は津和野藩領津和野川と支流鳥井川の合流する氾濫原を中心とする地域とその上流水源地域に当たり,西南に田代山・寺尾山がそびえている村名の由来は不詳慶長7年検地は北の横瀬村のもとで行われているが,寛永14年検地で分村元和年間の村高は86石余,寛永14年検地では118石余(万手鑑)「石見国高郷村帳」「天保郷帳」には村名の記載はない河内社がある明治初年の戸数22・人口99(万手鑑)同8年字木尾谷【こびたに】を除く当村は高田村・神田【じんで】村・牧ケ野【まきがの】村・中原村のうち字向中原と合併,鹿足郡高峰【たかね】村となる字木尾谷は同年白井【しろい】・田代・徳次【とくつぎ】の3か村と合併し,鹿足郡名賀【なよし】村となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 鳥井村(近世) 江戸期~明治22年の村名... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
![]() | 鳥井村(近世) 江戸期~明治16年の村名摂津国住吉郡のうち住吉社領「五畿内志」に見える「住吉 町名一属邑十一」の1つ摂津高改帳では住吉庄の,摂津草高帳では住吉村のうち,「天保郷帳」では「沢口村之内 鳥居村」と見え村高4石余,「旧高旧領」は3石余村名は住吉神社東鳥居があることにちなむという(全志3)なお「鹿苑日録」の慶長4年10月12日条に「予行水シテ詣神宮寺礼薬師自其入鳥居町透青蓮寺」と見える明治2年大阪府に所属同16年上住吉村の一部となる... |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」