ケータイ辞書JLogosロゴ 鳥飼上村(近世)


兵庫県>五色町

 江戸期〜明治10年の村名。淡路国津名郡のうち。元和元年からは阿波国徳島藩領。村高は,享保2年の検地帳968石余,「郷帳下書」376石余,「天保郷帳」630石余,「旧高旧領」977石余。「味地草」では高922石余,家数97。津名郡戸数反別取調帳によれば,反別49町余,高977石余,家数94・人数492(五色町史)。感林山東光寺は,淡路四十九薬師29番,淡路四国36番の霊場。同寺はすでに寛永年間には存在し,本尊薬師如来の厨子裏に十二神将を描き,周囲に49体の薬師像を配す。また,寺の右手奥に本尊の守り神の清滝権現や,般若経の木版,香の時計,裏山に淡路四国八十八か所の石碑がある。ほか,地内に稲荷明神・金毘羅神社・市城荒神があり,正光寺が廃寺となっている。備州出身の浪人岡本氏は,慶長年間庄屋役に任じられている。北丘陵の高山は角川村・広石北村・上堺村との境で,城跡であったという。明治10年鳥飼村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7393803
最終更新日:2009-03-01




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