ケータイ辞書JLogosロゴ 畑市村(近世)


兵庫県>篠山市

 江戸期〜明治22年の村名。丹波国多紀郡のうち。江戸初期に波々伯部【ほほかべ】村が当村ほか7か村に分村して成立したと思われる。篠山藩領。村高は,「丹波国郷帳」93石余うち田88石余・畑5石余,正徳年間大郷帳・「丹波志」ともに98石余。なお,「天保郷帳」では波々伯部村のうちに含まれている。天明3年高附帳での家数21,人数男38・女33。地内に戎神を祀る社があり,夷の森がある。寺院は曹洞宗薬王山西光寺があり,一説にもとは小野奥谷村茶屋峠の上にあったとも,また南の尾根の石高山高窟寺の仏像を移したともいう。元禄年間洞光寺21世万国春輝が荒廃していた同寺を再興したという。本尊薬師如来座像は随従する四天王像とともに平安期の優秀な仏像である。ほかに天台宗馬場山馬場寺,清滝山川島寺,弁才天,太子堂,歳の神,筒井明神があった。明治年間波部家によって大蔵経を収める経蔵が建立されている。明治22年日置村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7395039
最終更新日:2009-03-01




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