ケータイ辞書JLogosロゴ 備後村(近世)


兵庫県>加古川市

 江戸期〜明治11年の村名。加古郡のうち。姫路藩領。村高は,「正保郷帳」564石余うち田534石余・畑29石余,「元禄郷帳」(竜野市立図書館蔵)564石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに710石余。神社は天神社。寺院は,浄土宗祥雲山福林寺,宝峰山教泉寺があり,福林寺境内には貞治2年銘の五輪塔・思案松(現在碑のみ)がある。教泉寺は寛永2年開創。明治初年山陽鉄道(現JR山陽本線)が通過予定であったが,加古川の川幅が広く橋を2か所に架けなければならず,長くなるので却下された(加古川市誌1)。明治11年北備後村と南備後村とに分かれた。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7395734
最終更新日:2009-03-01




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