ケータイ辞書JLogosロゴ 福沢新村(近世)


兵庫県>加古川市

江戸期〜明治9年の村名播磨国加古郡のうち曇川中流域に位置し,皿池と菖蒲池(現万歳池)に挟まれた地寛文年間に福留村忠右衛門(忠兵衛ともある)・加古新村沢才兵衛・石守村喜兵衛の3名が,福富村・坂本村・水足村3か村の山が入り込んだ場所を開墾して作った村で,その開発者にちなんで福留村の福と沢才兵衛の沢の2字をもって福沢新村としたという(延宝7年福沢新村由緒/加古郡誌)姫路藩領村高は,「元禄郷帳」(竜野市立図書館蔵)63石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに63石余宝暦14年の村明細帳によれば,反別は田1町2反余・畑12町9反余で,地味は悪く免率は3ツ2分,家数24・人数133,牛4明治7年租税収納目録に,貢米21石6斗余,定納物として藪税1斗2升・口米6斗5升余神社は天満神社毎年1月25日の祭日に御頭の神事を行っており,その直会の主材になますを用いるところからナマスの頭と呼ばれてきた氏神は二塚村の稲根神社寺院は宝永4年創立の臨済宗高雄山善証寺(現在廃絶)蕉門中興の俳人といわれる松岡青蘿は明和2年この寺で剃髪したこの境内にある地蔵堂では,地蔵盆になると各戸が競って野菜や果物を使い,動物や花の形に細工をした供物をするという近在には見られない民俗行事が伝承されている同じく境内には室町期の作と推定される笠塔婆1基がある「播磨鑑」には,この村の南にある菖蒲池の菖蒲を毎年5月5日に大野村の日向大明神に献上したとある明治9年石守村の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7395800
最終更新日:2009-03-01




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