ケータイ辞書JLogosロゴ 二俣(中世)


兵庫県>加古川市

 室町期に見える地名。播磨国加古郡阿閇【あえ】荘のうち。永享6年8月日に作成された正平9年8月日付の注進状案には,住吉大社造営の金銅金物用途支配として,「阿閇庄 預所六貫八百文,下司三貫文,公文三貫二百文,納使六百文,庄役二十二貫文」とあり,荘内の「二保一色 預所二貫八百文,下司六百文,公文四百文,庄役二貫八百文」がそれぞれ割りあてられている(住吉松葉大記巻第21/阿閇の里)。天正10年8月28日,羽柴秀吉が明智光秀を破った山崎の合戦における播磨侍の論功行賞が行われた。前但馬出石【いずし】城主山名尭煕にも,その合力の賞として加古郡内で2,000石の地が与えられている。同日付の秀吉書状によれば,木下将監の知行地を割いたものであり,「山上(山之上)」「志のへ(新野辺)」「のそへ(野添)」「野寺内」とともに,「ふた又」で330石の知行地が見える(記録御用所本/大日料11-2)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7395947
最終更新日:2009-03-01




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