ケータイ辞書JLogosロゴ 二俣村(近世)


兵庫県>加古川市

 江戸期〜明治22年の村名。加古郡のうち。姫路藩領。村高は,「正保郷帳」432石余うち田382石余・畑49石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに551石余。集落は段丘の縁に塊村をなし,耕地は南面する加古川河口の沖積平野の東端にひろがる。用水は北部にある大池・新池の池掛りのほかに,明暦2年に開削された新井用水の井掛りによる。鎮守は住吉神社。ほかに元宮といわれる大歳社・稲荷社がある。寺院は曹洞宗円明寺。姫路藩の天保7年長束木綿会所の在方取締人に二俣村藤蔵・最一郎,天保9年には藤兵衛の名が見えることから,当村に有力な仲買人がいて生産も行われていたものと考えられる。明治14年の戸数64・人口350,田39町2反余・畑16町2反余・宅地2町9反余(播磨国地種便覧)。同18年当村出身の坂田啓太郎は,戸長として連合土木村会をつくり,新井郷(新井用水被益地域)の用水慣行を改め,長年の配水に関する紛擾を収拾しようとした(加古郡誌)。同22年平岡村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7395948
最終更新日:2009-03-01




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