ケータイ辞書JLogosロゴ 車木(中世)


奈良県>高取町

 鎌倉期から見える地名。高市郡のうち。‥脹柄饉嵬擽。弘長元年6月30日付喜殿田永荘百姓申状(千鳥家文書/鎌遺8674)によれば,宝治年間に興福寺の公人が下向し,「当庄内車木郷百姓等住宅」を焼払ったため,百姓らが領家近衛家に訴え,公人は拘禁され,興福寺公文目代は解職されたという。⊆嵬攸。一乗院門跡領。至徳3年6月9日付一乗院良昭維摩会講師段米催状(岡本文書)に「車木〈二丁九反小〉」とあり,門跡の段米などを賦課された。また室町後期の越智郷段銭帳(春日大社文書4)には「車木庄〈一町九反小,数年川成之由定使申事候〉」。当時国民越智氏の勢力下にあった。また田地は曽我川の氾濫で荒廃していたらしい。下って文禄4年の知行方目録(沢氏古文書7)によれば,当地の168石3斗4升が沢源六に与えられている。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7399376
最終更新日:2009-03-01




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