ケータイ辞書JLogosロゴ 車木村(近世)


奈良県>高取町

 江戸期〜明治22年の村名。高市郡のうち。高取藩領。村高は,文禄検地,「慶長郷帳」ともに168石余,正保2年高取藩再検地194石余,「寛文郷帳」168石余,「元禄郷帳」177石余,「天保郷帳」214石余。宗門改帳などによる戸数・人数などは,延宝2年40・212,牛14,宝暦10年46・223,文化11年49・228,牛8・馬1,万延元年50・259(森田家文書)。寛保元年火事により9軒が焼失している。高取城下と葛上【かつじよう】郡御所【ごせ】村のほぼ中間に位置する関係で,大阪道に沿って南北約6町に細長く延びた街村として発達し,非農家が日常需要品を販売していた。安永9年には大工・杣組頭・杣・鍛冶屋・質屋・綿打屋・豆腐屋・味噌醤油屋・薬種屋・古手屋・酒小売屋・戸屋・米屋・医師が,文化12年には大工・杣組頭・染物屋・桶屋・堅木屋・古手屋・質屋・取次酒屋・瀬戸物屋・俵物中買商・金物屋・薬種小間物商・酒取次饅頭屋,中間・医師が,天保11年にはこのほか臼屋・髪結・馬荷などの職種が見える。寛延年間の地方蔵方寺尾勤録では,除地に白山権現・八幡宮・春日明神・本覚寺(浄土真宗)・華厳寺(禅宗)とある。明治15年頃には,幅員は東西4町・南北5町,税地は田14町余・畑2町余・宅地1町余・藪7反余・山林7町余の総計27町余,家数54・人口267,牡牛5・牡馬1,人力車7,御所往還が通り,陵墓として斉明天皇陵・大田皇女墓があり,寺社は八幡神社・本覚寺・花厳寺,また小学校がある(町村誌集)。同22年越智岡村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7399377
最終更新日:2009-03-01




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