ケータイ辞書JLogosロゴ 井口村(近世)


和歌山県>吉備町

 江戸期〜明治22年の村名。有田郡のうち。和歌山藩領御蔵所。藤並組に所属。村高は,慶長検地高目録では98石余,ほかに小物成8升余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに144石余。「続風土記」によれば,田畑高144石余,家数44軒・人数208。千葉山の山腹から山麓の傾斜地は早くからミカン畑として開墾され,有田ミカンの一大生産地となり,また,東部は井堰井および大谷井の各井口にあたり稲作が盛んであった。天保7年5月には当村庄屋が14か村の庄屋と連名で,大坂の蜜柑問屋6軒の不正を取り上げ,新問屋の設置を訴願するという事件があり,その後同種の事件が頻発し,生産者直売訴願なども行われた(県史近世3)。産土神は高野明神社,出【いで】村の丹生大明神社。高野明神社は当村山麓にあり,田殿荘13か村の産土神で,同様の産土神丹生大明神社を上宮というのに対し下宮といわれた(続風土記)。寺院は浄土真宗本願寺派安楽寺・浄土宗法蔵寺。法蔵寺は内崎山といい,明恵上人の旧跡で,山上に小庵を結び,四国八十八か所の拝所が作られていたという(名所図会)。ほかに薬師堂1宇。なお幕末には地士矢船左平次がいた(南紀徳川史11)。明治4年和歌山県に所属。同5年桑弧堂学舎を仮校舎とし,当地と大谷を学区とした大谷学校開設,同6年大谷渓水小学校となる。同年戸数46,男115・女109。同22年田殿村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7403367
最終更新日:2009-03-01




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